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広島地方裁判所尾道支部 昭和24年(ヨ)5号 判決

申請人

日本セメント労働組合糸崎支部

右代表者

執行委員長

被申請人

日本セメント株式会社

主文

申請人が金五万円の保証を立てるときは被申請人は昭和二十四年五月三十一日迄は日本セメント労働組合又は申請人と協議をしないで三原市糸崎町日本セメント糸崎工場について工場の譲渡、閉鎖、長期休業又は諸機構の変更及び之に伴う従業員の解雇をしてはならない。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、申請人被申請人間の労働協約上の地位確認の本案判決の確定に至る迄の間被申請人は申請人との経営協議会の同意を得ない限り、一、被申請会社糸崎工場に対する経営権の他人への移譲又は経営機構の変更 二、右経営権の移譲又は経営機構の変更を理由とする全体又は部分的の工場閉鎖又は長期休業 三、右経営権の移譲又は経営機構の変更を理由とする組合員の解雇をしてはならない。との裁判を求める。

事実

申請人は日本セメント糸崎工場労働組合と称し被申請会社糸崎工場に於ける使用者側を除いた全従業員を以て組織せられた労働組合法第二条に依る労働組合であつて、執行委員長を代表者と定め民事訴訟法第四十六条に依りその名に於て裁判上の請求を為し得るものであるが、昭和二十四年三月名称を日本セメント労働組合糸崎支部と改めた。而して被申請人は全国に二十余の工場事業所を有しているが各事業所従業員は夫々事業場単位に労働組合を組織し、その各労働組合は結集して日木セメント労働組合連合会を結成していたところ、被申請人を含む右連合会との間に昭和二十二年十一月十八日労働と産業の社会的国家的意義に鑑み相互に経営権と労働権を尊重し、従業員の経済的社会的、文化的地位と労働生活の向上を計り、産業を民主化し日本経済を再建するために協定し全文六十八条から成る労働協約を締結し、同協約は昭和二十三年五月三十一日迄を有効期間としていたが右期間は昭和二十四年五月三十一日迄に延長せられている。而して右協約第十二条には「会社は組織及び機構の変更労働協約に関係ある諸規則の制定改廃及び事業場所の閉鎖など重要事項については連合会又は組合に諮る」と規定し、又同第十五条には「会社は左の場合を除き組合員を解雇するときは連合会又は組合と協議する。一、停年(満五十五歳)二、本人の都合に依る場合。三、賞罰委員会に於て懲戒解雇の基準に該当すると認められたもの。四、精神又は身体に故障があるか又は虚弱老衰病のため業務にたへられないと認められたもの」と規定しているが、右「諮る」は連合会又は組合の意見を尊重し納得同意せしめて決定することを要するものであり、又右「協議する」は同協約の他の規定に於ける「協議決定する」場合と同様協約第五十三条所定の経営協議会に依る満場一致又は委員の三分の二以上の賛成に依る議決を要するのであるから、被申請人は右連合会又は申請人の同意がないのに一方的に被申請会社の糸崎工場の経営を他に移譲し又は機構を変更することは出来ないし、又右理由に依つて右工場を閉鎖し又は長期休業すること及び組合員を解雇することは出来ないものである。然るに被申請人は金融の都合上最近右糸崎工場を分離して他に売却し、その経営権を他に移譲し機構を変更することを企てて居り、而も右協約を破棄しようとする言動を為すばかりでなく、右協約を無視して買受人との交渉を進め経営の移譲が事実上完成し、如何とも出来難い状態になつた暁に之を申請人に押付ける意図を有するもののやうで、申請人に対しては協議する十分の期間がない場合もあるかも知れぬから、予め承諾せよと申出でて居る次第であつて被申請人が右経営権の移譲機構の変更を理由として右糸崎工場の閉鎖又は長期休業を為し、従業員の多数を一方的に解雇することも予測出来る。若し被申請人に於て斯る挙に出でる場合は申請人所属の従業員約四百三十名及びその家族の経済生活は忽ち飢餓線上に追込められる危機にさらされ、社会的にも地方民心にも重大な不安を生ずるから、申請人は被申請人に対して前示協約の有効確認並履行を求むる訴訟を提起する準備中であるが、該訴訟の本案判決確定迄急迫な前示強暴を防ぐため右協約上の仮の地位を定める必要から本件仮処分申請に及ぶと述べ、被申請人の抗弁に対し前示連合会と各事業場所組合が夫々解散し、新に日本セメント労働組合を結成したものであることは否認する。右連合会は規約を変更し、又戦線統一を表現するに適当な日本セメント労働組合と改称し各事業場所組合は支部と改称したものに過ぎない。元来労働組合は民法上の組合又は之に類するものであつて、民法の規定の適用又は類推適用を受くるから労働組合が解散するには解散の決議を要するが、右連合会及各事業場所組合の解散の決議をしていないから解散したものと謂へない。又日本セメント労働組合はその規約第五条で本部、地区本部、支部により構成する旨定めて居るのであつて旧連合会規約第二条の本会は各事業場に於ける労働組合で組織するといふのと同趣旨であり、而も本部、地区本部、支部は各事業場であつて自主的な労働組合を有している。換言すれば各事業場の労働組合の連合体に日本セメント労働組合の名称を附したもので、従業員はその事業場の労働組合である支部に加入すれば、同時に日本セメント労働組合員となるものでこの関係は従来従業員が事業場の組合員であると同時に連合会の所属員であつたと同一のものである。仮に右連合会及各事業場組合が解散し、日本セメント労働組合が新に設立されたもので、申請人はその一部機構であるとするも前示協約は新組合に当然移行しているものであるから該協約は日本セメントの労働組合と被申請人間に有効に存続して居るものであると述べた。(疎明省略)

被申請代理人は申請人の申請を却下する訴訟費用は申請人の負担とするとの判決を求め、本案前の答弁として被申請会社糸崎工場労働組合を含む被申請会社の各事業場労働組合は、昭和二十四年二月十五日開催の日本セメント株式会社労働組合全国大会に於て各事業場の労働組合を以て結成している連合会と共に解散し、新に各事業場の従業員を直接組合員として単一組合である日本セメント労働組合を組織し、各事業場は支部として発足したものである。而して右組合の代表者は中央執行委員長であり、各支部は法人格を有しない社団の一部であるから代表権がない。従つて申請人は当事者としての適格を有しないから本件仮処分申請は不適法で却下さるべきであると述べ、本案の答弁として申請人主張の事実中日本セメント糸崎工場労働組合が申請人主張の如く被申請会社糸崎工場の使用者側を除く全従業員を以て組織せられた労働組合法第二条に依る労働組合であつて、執行委員長を代表者と定め民事訴訟法第四十六条に依りその名に於て裁判上の請求を為し得るものであつたこと、被申請会社は全国に二十一工場事業場所を有していること、右各事業場所の従業員は各事業場所毎に労働組合を組織していたこと、右各労働組合は結集して日本セメント労働組合連合会を結成していたこと右連合会と被申請会社は申請人主張の日、その主張の趣旨目的の下に全文六十八条から成る労働協約を締結したこと、右協約第十二条及び第十五条に「諮る」「協議する」の意義の点を除き申請人主張の如き規定の存すること並被申請会社は糸崎工場を分離しその経営権を他に移譲する計画の存することは孰れも之を認めるがその他の事実は否認する。右連合会及び各事業場の労働組合は昭和二十四年二月十五日から同月十七日に亘つて開催せられた全国大会に於て解散し、新な日本セメント労働組合といふ単一組合が設立せられだ。而して新な日本セメント労働組合の規約第四十四条但書には本部規約は各支部規約に優先する旨規定してあるから、本部のみが単一の独立組合であつて各事業場にある支部は本部の一部に過ぎないものと謂える。組合は労働協約の失効を恐れて連合会及び事業場組合の解散を極秘に附し、官庁にも解散を隠蔽して単に規約の変更があつた旨届出でて居るが、事実上連合会及び各事業場組合は解散しているのである。従つて前示労働協約は右解散と同時に相手方を喪ふに至つたもので失効したものと謂はねばならない。仮に右協約は有効に存続しているものとするも右協約第十二条の「諮る」第十五条の「協議する」といふことは組合又は連合会の同意又は承諾を要するといふ意義のものではない。又日本セメント労働組合は昭和二十四年三月十七日被申請会社に対し右協約の平和条項を破棄して闘争する旨宣言を為したものであるが、右協約の平和条項は協約中主たる要素を構成するものであるから之を破棄する以上他の条項は無意味となり、協約締結の目的を喪失するから同日以降失効したものと謂はねばならない。仮に然らずとしても被申請会社は糸崎工場の移譲については組合代表者に大略を報告済であり、譲渡条件が従業員に著しく不利の場合は譲渡を中止するかも知れない実状で、従業員の利益に関しては相当の顧慮を払つて居て無協約を理由として工場を閉鎖し又は従業員を馘首する意向は有していないから申請人主張の如き急迫の強暴の存ずる場合に該当しない。尤も被申請会社は将来整備計画に基いて工場の譲渡閉鎖又は従業員の馘首をすることはあり得るが、これは被申請会社の本来の権利である経営権、人事権の行使に外ならない。叙上の如く申請人の本件仮処分申請は理由なき失当のものであると述べた。

(疎明省略)

理由

先ず申請人の当事者の適格について按ずるに成立に争のない甲第六乃至第九号証乙第一乃至第三号証人赤司新作(一、二回)黑沢肇(一、二回)の各証言の一部申請人代表者の本人訊問の結果を綜合すると日本セメント糸崎工場労働組合は被申請会社糸崎工場に於ける使用者側を除く全従業員を以て組織せられた労働組合法第二条に依る労働組合であること、被申請会社は全国二十数工場事業場所を有していて各工場従業員は各事業場所毎に労働組合を組織していたこと及び右糸崎工場労働組合を含む各事業場所労働組合は結集して日本セメント労働組合連合会を結成していたが、昭和二十四年二月十五日から同月十七日に亘つて開催せられた全国大会に於て日本セメント労働組合が組織せられたことを認め得べく、而して前示甲第六号証の日本セメント労働組合の規約によれば第四条に於て此の組合は日本セメント株式会社従業員及び中央委員が認めたもので組織する旨、第五条に於て此の組合は本部、地区本部、支部から構成する旨、及び支部は原則として各事業場所に置き、その構成は各支部毎に定める旨、第七条に於て全国大会の権限の一つとして支部を拘束する重大事項の決定を為し得る旨各規定する外、第四十四条に於て支部及び地区本部規約は各々自主的に定める。但し本部規約は支部規約及び地区本部規約に優先する旨規定してあるのに鑑み、且前掲第九号証に依つて認められる日本セメント労働組合糸崎支部がそれ自身の規約を有し、その規約に於て執行委員長其の他の役員を置き、執行委員長を支部の代表者と定むる外会社経営に参加すること、労働条件の維持改善を図ること等を事業目的として定めているのに徴すれば前示全国大会に於て組織した日本セメント労働組合は前掲連合会が被申請会社の各事業場所労働組合を吸収して各工場従業員を直接組合員とする単一組合に改組したもの、即ち右連合会は解散したものでなく彼の会社合併の一態様である吸収合併の場合の法理に従うて規約の変更及び名称の改称をして存続し、日本セメント労働組合となると同時に各事業場所労働組合は独立の労働組合としての性格を失い、支部として右単一組合の内部にに於ける一機構となつたものであることを認め得らるると共に申請人が支部として被申請会社糸崎工場に於て会社経営に参加し、労働条件の改善を図ること等に関して本部たる日本セメント労働組合の規約に反しない範囲内で活動することは同組合から申請人の権限として与えられているものであることを認められる。尤も成立に争のない乙第一乃至第三号証には連合会解散単一組合結成の等記載があるが、斯かる記載は未だ前認定を左右するに足らないし、その他被申請人提出援用の証拠に依つては右認定を覆すに足らぬ。従つて日本セメント労働組合糸崎支部が独立の労働組合であるとの申請人の主張は採用しないし右連合会及び各事業場所労働組合が解散して新な単一組合を設立した旨被申請人の主張も排斥する訳である。叙上の説示により申請人が民事訴訟法第四十六条に所謂その名に於て裁判上の請求を為し得る当事者適格を有することは明かであるといえるから被申請人の申請人が当事者としての適格を有しないとの抗弁は理由がない。仍て進んで本件仮処分申請の当否について審究するのに前示連合会と被申請会社との間に申請人主張の日、その主張の趣旨目的の下に全文六十八条から成る労働協約が締結されたことは当事者間に争がなく、右連合会は規約を変更し且名称を改めて日本セメント労働組合と成つたものであること前段認定の如くである以上、該協約は右日本セメント労働組合と被申請会社間に於て効力を有するものであることは勿論成立に争のない甲第三号証に徴して明白である。右協約の存続期間の昭和二十四年五月三十一日迄は有効に存続するものと謂わねばならない。而して右協約第十二条には「会社は組織及び機構の変更労働条件に関係ある諸規則の制定改廃及び事業場所の閉鎖等重要事項については連合会又は組合に諮る」と規定し又同第十五条には「会社は左の場合を除き組合員を解雇するときは連合会又は組合と協議する。一、停年(満五十五才)。二、本人の都合に依る場合。三、賞罰委員会に於て懲戒解雇の基準に該当すると認められたもの。四、精神又は身体に故障があるか又は虚弱老衰病のため業務にたえられないと認められたもの」と規定していることは当事者間に争がなく、申請人は右「諮る」は連合会又は組合の意見を尊重し納得同意せしめて決定することを要し又「協議する」は同協約の他の規定に於ける協議決定と同様同協約第五十三条所定の経営協議会に依る満場一致又は委員の三分の二以上の賛成に依る議決を要するもので、被申請会社は連合会又は組合の同意がなくては一方的に糸崎工場の経営を他人に移譲し、又は機構を変更してはならないし右理由に依つて工場の閉鎖長期休業及び組合員を解雇することは出来ない旨主張するが成立に争のない甲第三号証乙第九号証の一、二証人黑沢肇(一、二回)の証言の一部に依れば右協約に於ては他の事項例えば同第十三条に於て福利厚生施設の企画及び運営方針を連合会又は組合と協議決定する旨、又同第十六条に於て従業員の賞罰の基準について連合会又は組合と協議決定する旨各規定しながら同第十二条及び第十五条に於て夫々前叙の如く「諮る」「協議する」の字句を用い協議決定の字句を避けていること従つて右「諮る」「協議する」は「協議決定する」と異るものであることを認め得るばかりでなく、同第五十三条に於て経営協議会の協議決定は満場一致を原則とし、議長が差支ないと認めたとき委員の三分の二以上の賛成で決定する旨規定し「協議決定する」場合の方法を定めながら「諮る」「協議する場合」の方法について特段の定めをなさないこと及び同第四十八条に於て経営協議会の取扱事項として協約に関する細部のとりきめ紛争防止その他協約の目的達成に必要なこと等を掲げていることを認められ、右第十二条第十五条の各事項は該経営協議会の取扱事項に該当することが窺われるから右「諮る」及び「協議する」場合は「協議決定する」場合とは異り同第五十三条所定の協議決定の方法に依つて決する必要はないが、少くとも経営協議会に於て連合会又は組合と協議することを必要とするものと解すべきである。証人赤司新作(一、二回)黑沢肇(一、二回)の各証言申請人代表者本人訊問に於ける陳述中右認定に副わない部分は措信し難くその他の疎明に依つては右認定を左右するに足らない。而して被申請会社糸崎工場を他に譲渡し又はその諸機構を変更すること及び右工場の譲渡又は諸機構の変更を理由とする工場閉鎖又は長期休業は右協約第十二条の連合会又は組合に諮る事項に該当し又右工場の譲渡又は諸機構の変更を理由とする同工場従業員を解雇することは同第十五条の規定に依り連合会又は組合と協議する事項に該当することは多言を俟たないから被申請会社は前示協約の当事者である日本セメント労働組合又は同組合から右糸崎工場について前段説示の如く会社経営に参加し、労働条件の改善を図ること等に関し活動する権限を与えられている申請人と前叙の協議方法に依る協議を為さなければ、右糸崎工場について工場の譲渡、閉鎖、長期休業又は諸機構の変更及び之に伴う従業員の解雇をしてはならないものと謂わねばならない、被申請人は日本セメント労働組合は昭和二十四年三月十七日被申請人に対して右協約の平和条項を破棄し闘争する旨宣言したが、該平和条項は右協約中主たる要素を構成するから之を破棄する以上他の条項は無意味となり協約締結の目的を喪失するから同日以降失効した旨抗弁するが労働協約に於ける平和条項を一方的に破棄したものは平和義務違背の責に任ずるは格別該平和義務違背は労働協約そのものの効力に何等の影響を及ぼさないものと解すべきであるから被申請人の右抗弁は採用しない。然るに成立に争のない甲第四、五号証人赤司新作(一、二回)の証言の一部申請人代表者の本人訊問に於ける陳述の一部並に弁論の全趣旨に徴すれば被申請会社は右糸崎工場を他に譲渡するかも計られぬことを認められ、而も被申請会社に於て右協約の無効を主張して居る以上申請人が右協約の有効確認並履行請求の訴訟を提起しようとする場合該協約の存続する昭和二十四年五月三十一日迄何等かの処置を構じて置かねば被申請会社に於て日本セメント労働組合又は申請人と協議をすることなく右糸崎工場の譲渡、閉鎖長期休業又は諸機構の変更を為し従業員を解雇する挙に出で、申請人は少なくない損害を蒙る恐のあるものと謂うべく、従つて申請人の本件仮処分の申請は正当と認めるが、本件仮処分の申請については前説示に鑑み主文の如く定めるを相当とするから民事訴訟法第七百四十一条、第八十九条を適用して主文の如く判決する。

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